GK林彰洋は考える葦である
GK大国東京
権田と塩田がいれば、東京のGKは10年間は安泰の筈だった。
ゴールを守る為に全身全霊を捧げる求道者権田。
全てをTeam Firtstで考え、影に日向に全力を尽くす漢塩田。
しかし塩田は出場機会を求め大宮へ、権田はメンタル面の不調もあり海外へそれぞれ移籍。
ポッカリと開いた穴を埋めるべく、東京は湘南から秋元を強奪し、マッシモコネクションでアブラモフを緊急輸入。しかし秋元はいつまで経っても挙動不審で守備陣と信頼関係を築けず、見切りの名人アブラモフのゴールキックはハーフラインの手前でポトリと落ちる始末。
「なんでおもしろ枠でGKを使うんだ」「ああ権田と塩田がもたらしてくれていた安心感と安定感はなんと偉大だったのだろう」と人々の嘆きの声が味の素スタジアムを埋め尽くした2017年、彼は東京にやってきた。
GK林彰洋である。
移籍発表当初は「ええっー?鳥栖在籍時代に、国立競技場で東京ゴール裏を煽ったあの林なのかい?」とマスオさん並みのリアクションを見せる者が続出した。
しかしシーズンが始まり「心身共に安定したGK」に飢えていた東京にとって林が見せるプレーは、まさに信頼に足るものだった。
林はあっという間に「俺たちの林」になった。
GKという孤独
サッカーは相手より多くのゴールを奪い合うスポーツだ。
ゴールを決める為に選手は走り、跳び、闘う。しかしそれと相反してゴールをさせない役目を担うGKは、特別なポジションだ。
ユニフォームも違う、手も使える、アクシデント以外に交代がほとんどない。また「ディエゴのゴールが凄かった」「アダイウトンの突破が勝敗を分けた」「レアンドロに抱かれたい」など攻撃の選手については各々プラスの感想がよく聞かれるが、GKについて言及されるのは失点絡みのマイナスの感想が多い。
しかしGKのことをとやかくいう前に、自分はGKの技術や気持ちについて分かっているんだろうか。
「特別なポジション」と書いたものの、表面的なおなざりな理解になっていないか。
これを突き詰めていくと、林がどんな考えや準備で試合に臨み、試合中にどんな判断の元プレーをしているのか、実はよく知らないんじゃないだろうかと思うようになった。
そんな考えの元2冊の本を手にとって、少しでもGKというポジション、強いては「俺たちの林」のことを理解しようと思った。
カンゼンの回し者デース、イェーイ!
GK林を理解する為に手にとった2冊は次の通り。
・「新GK論」(田邊雅之著 株式会社カンゼン)
・「ジョアン・ミレッ 世界レベルのGK講座」(ジョアン・ミレッ監修 倉本和昌著 株式会社カンゼン)
1冊目はスポーツライターの田邊雅之さんが日本のGKやGKコーチにインタビューをして、日本のGKの現在地や将来像についてまとめたもの。この本の中で林が「ゴールセービングの極意はマインドゲームにこそあり」と題したインタビューで、GKに関する自分の考えを語っている。
2冊目は、現奈良クラブのアカデミーGKダイレクター、以前の東京GKコーチのジョアン=ミレッのGK理論を倉本和昌さんがまとめたもの。
「ジョアンのトレーニングは今も僕の血肉になっている」と本の帯に林が推薦文を寄せているし、オフシーズンはジョアンに指導を受けてもいる。ジョアンの考え方を知ることは、林の考え方を知ることの一助になるだろう。
シュートを止められるGKではない
林自身が語る、自分がどんなGKかの回答は意外な回答だった。
「僕は自分が『シュートを止められるGK』、だとは思っていない」(「新GK論」P.61)
林は自身が至近距離でシュートを打たれても反射神経で止めるタイプではなく、シュートを打たせないように事前に駆け引きを行うタイプだと認識している、と語っている。2019シーズンではここぞという時に失点を防ぐセービングを見てきたので、このセルフイメージは意外に思えた。
「危ない場面を作られるのを、どれだけ事前にとめられるかがポイントになる(「新GK論」P.61)
「シュートを打たれる場面から逆算して、何段階も前から細かな駆け引きを重ねていけば、最後の最後はこっちが相手の選択肢を絞り切った上で、勝負すれば良くなる」(「新GK論」P.63)
「新GK論」の中でも言及されているが、一瞬の駆け引きのために事前に想定できることは可能な限り想定し、相手心理の裏の裏まで考える姿は、将棋の棋士やチェスの選手のようだ。
将棋の棋士やチェスの選手と書くと、ひとりで孤独に対処する考えかと思いがちだが、読み込んでいくと「GKひとりでゴールを守るのではなく、他のチームメイトととして連動してゴールを守る」という考えが根底にあるように思える。
「(鳥栖時代に)マッシモ監督から学んだ方法、DF全体としてディテールを詰めていく発想と、ジョアンコーチから学んだ駆け引きを組み合わせていけば、FC東京の守備はさらに充実したものになるはずなんです」(「新GK論」P.72)
しかしいくら事前に策を施しても、相手選手と1vs1になったり、守備の綻びを突かれてシュートを撃たれることもある。その時に必要になる相手ゴールを阻む技術についても、探究は怠っていない。 その広く深く探究する姿勢は林が生来備えていた資質かもしれないが、師匠であるミレッの考えにも通じる。
「プレーに再現性はあるのか。重要なのは基準」(「ジョアン・ミレッ 世界レベルのGK講座」P.38)
「(サッカーの魅力とは)パーフェクトが絶対にない、という点です。(中略)ひとつの完成形があったとしても、それを超える完成形や、目指すべき理想像が次々に出てくるのは、サッカーの醍醐味のひとつだと思います」(「新GK論」P.77)
ちなみにミレッはGKの技術について自分が詳しいのは次のような理由だと述べている。
「Porque?(ポルケ=なぜ)と常に何に対しても考え続けていたからです」(「ジョアン・ミレッ 世界レベルのGK講座」P.3)
林も森さんのメルマガの中で、考え続けることで達した現在地について以下のように語っている。
まさかこの歳になってこんなにサッカーが向上できて楽しめると思っていませんでした。20代前半のころは、30歳になったら一定の力をキープして、キャリア終盤まで持ちこたえるのだろうというイメージを持っていたのですけれども、まさか今になって試合の90分間をこんな感覚でプレーできるなんて考えられませんでした。 (僕のサッカー人生は一度終わっているようなもの……GK林彰洋が初めて明かす知られざる苦悩【サッカー、ときどきごはん】 https://www.targma.jp/j-ron/2020/03/05/post734/)
ちなみに森さんメルマガには、林が大学卒業後ヨーロッパに渡り経験したあれやこれやが余すことなく語られているので、林を理解する為には貴重なインタビューになっている。
GK林彰洋は考える葦である
林があと何年現役と続けるのかそしてあと何年東京にいるかは、分からない。だけど言えることは「現役であっても引退後にコーチになったとしても、林は考え続け進化し続けるだろう」ということだ。 GK林彰洋は考える葦である。
東京も創立から20年がたち、石川や羽生のように、引退後も東京に残りフロントのメンバーとして活躍する元選手がでてきている。林にも是非そうなって欲しい。